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  • 【改めて思う】すべては「マネ」から始まる

    「オリジナリティが大事」とか「自分だけのスタイルを持て」とか言われるけど、
    そもそも“自分の型”ってどうやってできるのか?

    答えはシンプル。
    最初は全部、マネから始まる。


    スポーツでも仕事でも、ネタ作りでも、記事でも。
    まずは誰かの型を徹底的にマネることからしか始まらない。

    1人だけじゃなく、いろんな人のやり方をマネする。
    立ち方、話し方、構成の作り方、リズム、言葉のチョイス――
    そうやって「型の貯金」を増やしていく。

    マネが積み上がってくると、自然と「これは俺っぽいな」「これは合わんな」が出てくる。
    そうやって少しずつ、“自分流”ができてくる


    だから、
    「まだ自分のスタイルがない」と悩む必要はない。
    まずはどんどんマネしていい。遠慮なくマネしていい。
    むしろ、マネできる素晴らしい人が周りにいることは、めちゃくちゃラッキーな環境だ。


    ネタ作りも、記事作りも、
    すべては「マネ」から始まる。

    今の自分にとって“良い型”をどんどん取り入れて、
    そこから“自分の型”を育てていこう。

  • さボりそうなときこそ絞り出すとりあえずやる

    ■ 継続できないやつは、結局勝てない

    世の中、何をするにしても「継続」って最強だと思ってる。

    どれだけ才能があっても、継続できないやつは最終的に負ける。
    スポーツを見てると特にそう感じる。
    「こいつ才能えぐいな」と思ってた選手が、
    数年後には伸び悩んでいたり、名前を聞かなくなってたりする。

    よくよく聞くと、「実はあの時期、練習をサボってたらしい」なんて話が出てくる。

    ■ 才能×努力の公式(島田紳助の理論)

    紳助が言ってた公式がある。

    才能 × 努力 = 成果(最大25点)
    才能:5段階
    努力:5段階

    才能が5で努力も5のやつは最強。25点満点。
    でも、才能1しかないやつが努力5しても5点止まり。

    残酷なようで現実的なこの話、めちゃくちゃ納得できる。

    ■ でもこの理論の“本当の意味”はここから

    紳助は続けてこう言ってる。

    努力の仕方を覚えたら、
    「才能5のジャンル」に出会ったときに一気に跳ねる。

    つまり、努力の型を手に入れた人間は、
    自分の“才能のフィールド”を見つけた瞬間にとんでもなく強くなる。

    ■ 結局、勝つのは「努力の習慣」を持ってるやつ

    でも、努力ってそんなに簡単なもんちゃう。

    • サボりたくなる
    • 気分が乗らない
    • 結果が出ないと心が折れる

    だからこそ重要になるのが、「1mmだけでもやる力」。

    ■ サボりそうなときこそ、“1回だけやる”

    • 筋トレがしんどいとき → とりあえず腕立て1回
    • 勉強したくないとき → 英単語1個だけ見る
    • 記事書きたくないとき → タイトルだけ書く

    この“0→1”の一歩が、努力の習慣をつくってくれる。

    ■ 大人になったら、「努力してる」はもう甘え

    ある程度の年齢になると、
    「努力してます」とか「頑張ってます」って言いたくなくなる。

    そもそもそれが“前提”やから。

    「頑張ってる」って言ってる時点で、
    もう勝負の土俵にすら立ててない。

    ■ 結論:サボりそうなときほど、1mmだけ前に出ろ

    努力の5を積み重ねるには、
    サボりそうなときに、ほんの少しだけでも手を動かす“根性”が必要。

    • 小さな「やった」が積み上がる
    • 気づけば“努力が当たり前”の自分になってる
    • そして、自分の“才能5”と出会ったとき爆発する

    サボりそうなときこそ、1mmだけでいいから前に進め。
    その1mmが、人生の分かれ道になるかもしれへん。

  • 「実力不足?いや、“打席不足”かもしれない。」

    実力が足りない──そう思ってしまうとき

    誰もが壁にぶつかったとき、「まだまだ自分には実力が足りないんだ」と感じることがある。
    地道に積み上げてるはずなのに、なぜか結果が出ない。
    焦る。悔しい。そんなとき、つい自分を責めてしまう。

    でも、本当に足りてないのは“実力”なのだろうか?


    実は「行動」──いや「打席数」が足りないだけかも

    たしかに、努力は必要だ。
    スキルを磨く素振りも欠かせない。

    でも──
    ずっと室内で素振りしてても、試合に出ないと「勝負勘」って養われない。

    バットを持って、素振りばっかり。
    スイングスピードは速くなってるのに、試合には出ない。
    当然、打てない。

    打席に立たない限り、三振もヒットもホームランもない。


    行動=打席に立つこと

    たとえば、文章を書く人なら「投稿すること」が打席だ。
    芸人なら「舞台に立つこと」。
    営業なら「商談に出ること」。

    何をしてるかじゃない。
    どれだけ勝負の場に出ているか
    これが足りないと、「やってるつもり」だけで終わる。


    理想は、素振り × 打席の両立

    理想は、こうだ。

    • 毎日素振り(実力を磨く)
    • そして毎週打席(発信や勝負に出る)

    この繰り返しでしか、勝負強さも、実力も、そして“自信”も育たない。


    「実力がない」と悩む前に、こう問い直してほしい

    「最近、ちゃんと打席に立ってる?」

    努力はしてる。でも、発信してない。出してない。
    それなら、結果が出ないのは当然だ。

    怖くても、不安でも、下手でも、打席に立たないと。

    積み上げるべきは“スキル”と“行動”じゃない。

    積み上げるべきは「打席数」かもしれない。


    締め(一言キャッチ)

    スイングが美しくても、バットを振らなきゃ、ホームランは生まれない。

  • 願い事は強欲にお願いしよう

    最近、神社でお参りしていてふと思った。

    「俺、願い事してないやん」

    いや、してるっちゃしてる。
    でも内容がすごく抽象的になっていた。

    「仕事、うまくいきますように」
    「出会いがありますように」
    「人生が良くなりますように」

    ……いや、それ願望やなくて念仏やん。


    願い事が“祈り”から“報告”になっていた件

    しかも、よくよく振り返ると最近のお参り、
    願い事というより「日報」みたいになってた。

    「最近コツコツ頑張ってます」
    「少しずつ進んでます」
    「だから応援してください」

    神様からしたら多分こう思ってる。
    「で、何して欲しいの?」って。


    引き寄せの法則は“宣言”した人にやってくる

    「引き寄せの法則」っていうものがある。

    あれって、“こうなりたい”を口に出した人に現実が引っ張られていくって話。
    でも実際、「こうなりたい」とすら言えてない人、多い。俺も含めて。

    いつのまにか自分の願いに弱気になってる。

    でもね、神社でお願いするときこそ、
    弱気じゃなくて図々しくていいと思う。


    願い事は「宣言」でいい

    たとえば仕事なら:

    ×「頑張ってます」
    ◎「成果を出します。だから大型受注させてください」

    恋愛なら:

    ×「出会いがありますように」
    ◎「理想のパートナーと出会って結婚します」

    こうやって言葉にすることで、願いは“行き先”を持つ。
    そして神様も「はいはい、それね」って動きやすくなる(たぶん)。


    まとめ:願いは叫べ、神社で堂々と

    神社はお願いをする場所じゃない、
    願いを宣言しにいく場所

    誰よりも自分が信じる。
    だから俺は、今日も言う。

    「TWCPで大人気になります。で、爆売れして大成功します!」

    さ、神様よろしくお願いします。

  • 現代に必要な“根性の筋トレ”とは?

    ■ 最近の若者、「根性ない」って本当?

    「最近の若い子って、頭いいし、運動神経もいい。でも根性ないんよな〜」
    そう言ってたのは、ある学校の先生。

    たしかに今の子たちって、動画でスキルも学べるし、スポーツも勉強も“正しいやり方”がすぐ手に入る。
    でも逆に、「泥臭くやりきる」「逃げずに耐え抜く」みたいな経験が少ないのかもしれない。

    ■ なぜ“根性”は鍛えられなくなったのか?

    昔は、

    • 上司に怒鳴られる
    • 監督にぶん殴られる
    • 失敗して晒し者にされる

    みたいな、今じゃ考えられへん「昭和的修行」があった。
    当然パワハラや暴力はNGやけど、ある意味「根性の筋トレ」にはなってた

    現代はその“負荷”が消えた。だから自分で鍛えるしかない。
    でもそのやり方が、意外とみんな知らんのよ。

    ■ 昔の根性論=毒入りプロテイン?

    昔のやり方は、“一部の人には効いた劇薬”。

    例えるなら、

    • 筋トレ初心者にいきなり「200kgスクワットやれ!」
      → できたやつは鬼強になる
      → でも普通は腰イカれる

    つまり、「怒鳴られて根性ついた!」って言ってる人は、その地獄を生き抜いたレアケース
    大半は心折れてる。

    ■ じゃあ、現代でどうやって“根性”を鍛えるのか?

    ✅ ① 小さな挑戦を積む(筋トレ方式)

    • 毎朝起きる
    • 投稿を続ける
    • ちょっとずつできることを増やす

    “やればできる”の成功体験を積むことが根性になる

    ✅ ② 自分で“負荷”を設計する

    • 期限を切る
    • 宣言して逃げ道をなくす
    • しんどい方をあえて選ぶ

    → 自分で自分を鍛える時代。「怒ってくれる上司」待ってる時代じゃない。

    ✅ ③ 感情を扱う力を持つ

    • 「しんどい=成長中」と再定義する
    • 「失敗=データが取れた」と言い換える

    → 根性って“感情に潰されずやりきる力”やから、感情マネジメントは現代の根性トレ

    ■ 結論:「自分で根性を鍛える時代」に突入してる

    かつての根性論は、言うなれば“昭和のパワハラ式ジム”。
    今はそれが使えない分、自分で筋トレメニューを組まなあかん時代

    でも逆に言えば、

    昔:やらされてた

    今:選べる、だから“本物”になれる

    パワハラはいらん。でも自分で火をつけて、耐えて、超えていけるやつが、今は一番強い。

  • 「目先の女とちょっとのお金、追いかけてて楽しいか?」

    正直、会社員やってると情けなくなるときがある。

    ほんの数万円の昇給に一喜一憂したり、
    可愛い子からLINEが来た来ないで気分が乱高下したり。
    別に、それが悪いとは言わない。
    そもそも「会社員として平凡な人生を歩む」ってビジョンを持ってたなら、それも立派な生き方だ。

    そしてそのビジョンがショーもないとも思わない。

    そのビジョンを達成するのが現代ではとても難易度が高いことを知ってるから。


    どっかで「ぶち上げてやる」って、鼻息荒くしてた。
    “凡人で終わる気なんて1ミリもなかった”はずなんだ。

    今、周りにはすでにぶち上げてるやつもいる。
    一方、俺はまだ“準備中”。
    いや、準備ですらなく、“忘れかけてる”。

    芸人と同じで、1年目で売れるやつもいれば、20年目で売れるやつもいる。
    今売れてないことが問題じゃない。
    問題は、“売れたいと思ってた自分”を忘れかけてることだ。

    ほんの少しの給与アップとか、
    特別でもない誰かのケツを追って、
    一喜一憂してるうちに、
    “志”まで置き忘れてないか?

    もちろん、金は欲しいし、モテたら嬉しい。
    でも、俺はそのためだけに何かを犠牲にしてきたわけじゃない
    若い頃の俺は、もっとデカい夢を見てたはずだ。

    女や金に心が動くのは人間だから当然。
    でも、その前に――
    もう一度、自分の“志”に立ち返れ。

    たかが数万円、たかが誰かのケツ。
    そのために、人生かけてる暇なんて、ないはずだ。

    会社員してると周りが安定した生活をビジョンにおいてる。

    だからそれに影響を受けて同じようなビジョンを描きそうになってないか?

    そのビジョンがないとちょっと周りから浮いてしまわないか?

    繰り返すがそれが全く悪いビジョンだとは思わない。

    ただ本来の持っていたビジョンはなんだ?

    GOALをぶらすな。

  • 自分より優秀なやつらといるメリット

    ―それは「劣等感」と「情けなさ」という最高の贈り物だ。

    いい会社に入る、スポーツの強豪校に進む、進学校に通う。
    こうした「ハイレベルな環境」に身を置くことの本質的な価値はなんだろうか?

    成長できる?
    切磋琢磨できる?
    もちろんそれもある。けど、もっと大事なことがある。

    それは——
    「自分の小ささ・弱さ・しょうもなさ」を強制的に突きつけられること。

    小さなコミュニティで王様やってるとき、人は無自覚にこう思っている。
    「俺、けっこうイケてる」って。
    勉強ができる、スポーツができる、仕事もまあまあできる。
    でもそれ、単に周りがぬるかっただけかもしれない。

    進学校や強豪校、リクルートみたいな化け物集団に入るとすぐわかる。
    「え、俺って全然やん…」
    そして、鼻がバキッと折られる。プライドが崩壊する。

    でも、それでいいんだ。


    人間、負の感情からしか本気で動けない説

    人はだいたい、ポジティブな動機じゃ動かない。
    「夢があるから」じゃなくて、「このままじゃ終わる気がして怖いから」
    「尊敬されたい」じゃなくて、「今の自分がダサすぎて恥ずかしいから」
    こういう**“負のエンジン”**で動く生き物だと思う。

    優秀なやつに囲まれてると、毒を吐きたくなるときもある。
    「あいつのやり方は正攻法じゃない」
    「あの成功は一時的なもんだ」
    でもそれは、だいたい自分の未熟さへの言い訳だ。

    それをグッと飲み込んで、
    「いや、今の俺、マジでレベル低いわ」って認められるかどうか。
    ここが分かれ道。


    「しょうもなさ」の実感は、最高の財産になる

    しかも怖いのは、自分より優秀なやつが、自分より努力してるってとき。
    あの瞬間の絶望感。
    「え、俺って何してたん…?」っていうあの感覚。

    でも、それが宝になる。
    恥ずかしさ、情けなさ、悔しさ。
    これ全部、「今よりマシな自分になる」ための火種だ。


    結論:

    自分より優秀なやつらといろ。
    あとは、負けを直視しろ。
    そしたら、ちゃんと勝てるようになる。

  • 「マイナス思考しつつポジティブに生きる技術」

    「成功するにはポジティブシンキングが大事」
    「備えあれば憂いなし、最悪を想定せよ」
    ──はたしてどっちなのか。

    世の中で語られる“成功者の思考法”は、時に真逆で混乱する。
    実際、どちらが正しいのか?答えは、「両方」やと思う。


    【本論①】ポジティブとネガティブ、両方できる人が最強説

    ・物事をなすにはポジティブな気持ちで進めることが不可欠。
     →自信がなければ行動できないから
    ・一方、リスク管理はネガティブ思考から生まれる。
     →失敗時の準備・メンタルの備えができてこそ継続できる

    つまり、「心はポジティブ・頭はネガティブ」が理想形。


    【本論②】天才たちは“極端”で成功した

    ●ポジティブの極み:長嶋茂雄

    ・選手に対して「お前は打てる」「大丈夫」と信じ抜くスタイル
    ・「根拠なき自信」が周囲に勇気を与えるタイプ
    ・だが参謀が冷静に補っていたとも言われる

    ●ネガティブの極み:野村克也

    ・「弱者の兵法」でデータと準備で勝つスタイル
    ・相手の強み、自分の弱みを冷静に見つめて潰しにかかる
    ・その分、選手の心のケアも怠らなかった

    →二人とも真逆のタイプやけど、どっちも成功している。
    つまりどちらか極めれば成功できる。でも凡人は両方使えた方がいい。


    【結論】

    ポジティブだけでもダメ。ネガティブだけでもダメ。
    「最悪を想定しつつ、うまくいくと信じて行動する」──これが最強の心構え。

    ・不安は準備で潰す
    ・行動は信じて突き進む
    この両立ができる人こそ、最も現実的に成功できる人と思う。


    【締め】

    ポジティブ思考はアクセル。ネガティブ思考はブレーキ。
    両方あってこそ、安全運転で目的地に着くことができる。
    「どっちが正解?」じゃなく、「どう両方使うか?」
    ──それを考えることが、人生を切り拓く第一歩。

  • たまには、頑張りすぎてる自分を誇りに思おう

    「もっとやらなきゃ」「まだ全然足りない」
    そんなふうに、自分を追い込んでいる人ほど、実はもう十分頑張ってたりする。

    もちろん、ダラダラしてばかりで「頑張ってる」と言うのは違うと思う。
    でも、ジムに通い続けてるとか、仕事に本気で向き合ってるとか、資格の勉強をコツコツやってるとか。
    それ、めちゃくちゃすごいことじゃない?

    世の中の“普通”って、実はそんなにストイックじゃない。
    「今日も早起きして作業した」「今週も自炊頑張った」「動画編集や投稿続けてる」
    それって、十分“異常に”偉いことだよ。

    それなのに、なかなか結果が出ないと
    「俺、全然ダメだな……」とか「何の意味があるんだろ……」って思っちゃう。

    でもね、結果が出るかどうかは運もタイミングもある。
    「結果が出てない=ダメな自分」じゃない。
    ちゃんと続けてるなら、それだけでまずは“勝ち組”なんだよ。

    だから今日くらいは、こう言ってあげてほしい。

    「よくやってるよな、俺」って。

    自分に甘くなるのは違うけど、
    たまには“優しくなる”のはアリ。
    むしろ、それが次の一歩を支えてくれることもある。

    燃え尽きそうなときは、ちょっと深呼吸して。
    「俺、けっこう頑張ってるじゃん」って言ってやろう。

  • 【現代パワハラ】

    ちょっと食事制限してるからって満足すんな

    → お前は“たまに玄米食べてるやつ”な。
    白飯我慢したくらいで健康語るな。
    「うまいもん=敵」くらいの覚悟でいけ。

    ちょっと筋トレしてるからって満足すんな

    → 筋肉痛が“ご褒美”になってからがスタートライン。
    ジム行って満足すな、行ってからの“自分追い込み地獄”に感謝しろ。

    ちょっと早起きしてるからって満足すんな

    → 7時起きで「俺、意識高い」って?
    社会人の朝活は5時からや。
    日が昇る前に活動してやっと“朝を制す者”。

    ストイックぶってるだけじゃ意味ない

    → SNSに「頑張ってます✌️」とか載せてる暇あったらもう一回スクワットしろ。
    「やってる感」に酔うな。
    酔うならプロテインで酔え(?)

    “俺はすごいことしてる”と思った瞬間に止まるぞ?
    お前はまだ、0.1合目や。
    働け、走れ、食うな、そして寝ろ(早く)。
    やるしかない。勝ちにいけ。
    お前には“まだ”価値はない。価値は行動でつくれ。